観た映画の感想が綴られてます。ゆったり、更新。
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武田双雲さんトークライブ フェリシモ神戸学校
2008年12月30日 (火) | 編集 |
これは、先月、聞きにいったものですけど、
やっと書けた。
年内になんとか書きとめたかったのでアップ。

11月の神戸学校。今回は、有名どころの方、登場です。
武田双雲さん。
武田さんは、2009年大河ドラマ「天地人」のタイトルを書かれてる方です。

天地人ロゴ
(NHKドラマホームページより使わしていただきました)

神戸学校とは,、震災以降、経験と言葉の贈り物として、フェリシモがおこなっているトークライブです。武田さんが来たところで、書の話なんて、ひとつもありません。その方が、日々感じてることをお話してくれるだけです。そこが、この贈り物の素敵なところですね。

武田双雲さん(書道家)/2008年11月15日/エスパスフェリシモホール
~志は大きく、でもとらわれない 自由、そして日々のしあわせ~


しゃべる、しゃべる、めちゃくちゃ、よーしゃべる方でした。

2008/11/15神戸学校
(写真は、神戸経済新聞 2008-11-19の記事より使わしていただきました)

成りきってみる、みたいなお話が印象的でしたね。
「歌手になりたい」「モテたい」とか、人はいろいろ思ったりするんですけど、それを考えてる限り、その位置にずーっと、とどまっているわけで、それじぁ、いつまでたっても夢の位置には到達できないやん、と武田さんは、考えるようです。
で、どうするかというと、
なってしまう、ということ、らしいです。
グローバルに活動する書家になりたい、そしたら、それになってしまえということです。なってしまえば、その人としての振る舞い、その人の考え方をするようになりますよね。外国記者からの取材もあるでしょう。

武田さんが英語を話せるか話せないのかわからないんですが、記者から質問があったかのように英語で真剣に、一人、家で、やりとりをしてるそうです。
なりきりごっこでなく、なりきる、
それを、本気で、やってしまうのがすごい。
奥様も(^◇^;) あきれるほど、らしいんですけど。
武田さんの並外れた集中力とイメージ力を持って成せる技かもしれませんけど、それは、武田さんの常に明るく楽しい考え方から、きてるものだと思います。
聞いてるみんなを、明るくさせるような方でした。

書籍を購入すると、
武田双雲さんに、自分の名前を書いていただけるので、
書いていただきました、私の名を。
うれしい (^O^)、話も笑いっぱなしだったし、行ってよかったです。
フェリシモさん、ありがとう。


記事とは関係ないですが、
ちなみに、
NHK大河ドラマ『天地人』は、2009年1月4日スタートです。NHKページ
妻夫木聡演じる直江兼続という方は、どんな人か全然知らないんですけど、
内容は、
上杉謙信を師と仰ぎ、兜に「愛」の文字を掲げた兼続は、その波乱の生涯を通じて、民・義・故郷への愛を貫きました。「利」を求める戦国時代において「愛」を信じた兼続の生き様は、弱者を切り捨て利益追求に邁進する現代人に鮮烈な印象を与えます。大河ドラマは、失われつつある「日本人の義と愛」を描き出します。
だ、そうです。

武田双雲さんは、日本のたからものは『和』だと、書かれました。

常に自己の意識を、全体の流れに調和させる能力が、ずば抜けて高いというような意味です。日本人は、目に見えないものを見るのが好きなんじゃないかな、と思いますが、何かそこに形というものを感じるんじゃないかと思います。

暗雲漂う2008年を吹き飛ばし、希望ある2009年にしたいものですね!


今年のブログは、この記事で年内は最後になるかな。
読んでいただきありがとうございました。
みなさん、よいお年をお迎えください。

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フェリシモ神戸学校へ 2008/9
2008年09月18日 (木) | 編集 |
神戸学校木村宗慎

今回は抽選に当たったので、またまた神戸学校へ行ってきました。
茶道とはまったく無縁な私ですが、お話を聞くかぎり、奥の深い厳しい世界に感じました。

2008年9月13日/エスパスフェリシモホール
ゲスト:木村宗慎さん(茶道家・コーディネイター)。
テーマ:数寄・好き sukizuki の硲(はざま)~茶はいったい何を“たてる”のか

宗慎さんは、いずれの人に対しても、基本の型をマニュアルのごとく教えるらしい。
ただ、不思議なことに、同じ教え方をしても、そこになぜか各々の個性が見えてくるそうです。

“ワクに、はめこまれることによって、隠しようのない自分というものが見いだされてくる”

う~ん、こういうふうに考えたこと、なかったです。
作法というと、どうも堅苦しい、融通のきかない世界っぽく感じてました。
先生のおっしゃってることはどういうことかというと、
型にはめこまれることによりワクの中で行き詰まってしまいます。そんな中、可能性を求めてもがき苦しむ。その中で、どうしても消しきれなかったもの、自分にとって大切なものが見えてきます。それは、見苦しく恥ずかしい自分の姿です。
茶の湯では、その主の見苦しい姿をそっとわかってあげる、つまり、客人は受け取って許してあげる、のようなものらしいです。
本人が極限まで真摯な姿勢であるからこそ、厳しいやりとりが生まれ、それが茶室という空間として完成されてくるわけですね。
そして、この人と人が生み出す瞬間は、二度とおとずれないわけで、
これが、一期一会、といわれるものかなーと思います。

一期一会って、出会いを大切に、のようなものかなと理解してましたが、
そんな甘いものでなく、まったく違うということがわかりました。
今のこの瞬間、この空間に完成したものは、保存できません。
二度とおとずれないので、大切に置いておくことは不可能なのです。
たぶん、それに近い意味なんだろうと思います。

今回のマイクでしゃべる講演のような形ではなく、
本来、先生の振るまい、物腰、しゃべり方から、感じ学んでいくものであろうなと思います。


神戸学校の最後に、講演者に対し、最後の質問があります。
“あなたが思う日本のたからものは? ”というものなのですけれども、
宗慎さんは、
今、目に見える結果をすぐに求める風潮ですが、古来、日本人は、目に見えない、言葉に出したら壊れる、形になどしようのないものを大切にしてきた。これを愛するということではなく畏れるという気持ちを、いま一度、呼び覚まして欲しい、というようなことをおっしゃってました。
“愛する”ではなく“畏れる”? これは何かなと思い、“畏”を辞書で引くと、
・うやまう、たっとぶ ・つつしむ、自分をいましめる ・かたじけない、ありがたい ・正しくすわる、威儀を正してすわる
等が書いてありました。
そこにある美しい間合いようなものを感じますね。


所作とは、型ではなく、その人の持つ人生が
おのずと表れてしまう、おそろしいものでもあろうなということを感じます。


フェリシモ神戸学校へ 2008/5
2008年05月20日 (火) | 編集 |
神戸学校~経験と言葉の贈り物に参加したので、今回も思ったことを。
今回のゲストは、村田智明さん。
(プロダクトデザイナー・株式会社ハーズ実験デザイン研究所 代表取締役)
~「あなたも生活デザイナー」~ 2008年5月17日 エスパスフェリシモホール

神戸学校_村田智明
素敵な商品をデザインしておられます。
上の写真の村田さんが右手に持っている白い棒のようなもの、
電子キャンドル「HONO(ホノオ)」というものだそうです。
空気の動きを察知し、ゆらゆら、ゆらゆらとロウソクのように光を放つライトです。
面白いのが、フッと息を吹きかけると、火が消えるようになってます。
(10秒後程で再点灯します)
海外で展示した時に来場者たちが、
一生懸命、火を吹き消そうとしてる顏写真を
スライドで見せてくれました。

面白いことに、火が消えるとみんな一様に笑顔になるということです。
あらゆるものを削ぎ落とし、シャープにカッコよくデザインされた商品を見て、
現実的にこれ、使いやすいんだろうか?と疑問に思うことがありますが、
そういうのと違って、このHONOは、商品に大きな楽しさが加わってますよね。


出来事を観察し、これは何かおかしいなとか、なんか不便だなと感じることができる人が、デザイナーなんだ、みたいなお話でした。

そして重要なことは、時間軸の存在だというようなことををおっしゃってました。
例えばペットボトル。
コンビ二で並べられてる状態しか考えてないとしたらダメということみたいです。
製造され運ばれ並べられる、買って持ち帰る、飲む、空になったら捨てるなど流れがあるんですが、
それぞれのシーンにおいていろんな要素があります。
多くのことを想像してみないといけないということです。
行為というのは時間を伴っているということを忘れてはいけないようですね。

電子キャンドルHONO

最初に書いた「HONO(ホノオ)」という商品も、
ただ、キャンドル型のライトです、かっこよく安全ですよ!ってのじゃ面白くないわけで、
これが風が吹いて消えたりしたらどうなるんだろうみたいなことを
想像することで生まれてくるんだろうなと思います。
風で消えるということは、
私が思うに、
たいへん自然な現象がおこった安心感があるんじゃないかな。
ろうそくに火をつける、風で消える、たいへん自然な行為ですよね。
これが素直に笑顔を呼ぶんでしょうね。
そして、その笑顔がなんとなく想像でき、うれしくなりますよね。

ちなみにこの商品は、別名“スマイルメーカー”と呼ぶらしいです。 
なるほどですね。


フェリシモ神戸学校 2008/4
2008年04月20日 (日) | 編集 |
今回のゲストは、東洋文化研究家アレックス・カーさんの講演でした。
フェリシモ神戸学校~経験と言葉の贈り物
「私たちが私たちであるために ~ほんとうの日本の姿とは?」
2008年4月19日/エスパスフェリシモホール

神戸学校アレックスカー

日本は近代化に失敗した国。
「世界でも有数の美しい自然環境、アジアで最も豊かな文化遺産、先進国でも屈指の優秀な教育制度や高度なテクノロジーを誇る日本。日本はすべてを手に入れながら、いったいなぜ落とし穴にはまってしまったのだろうか?」
犬と鬼―知られざる日本の肖像より)


アレックスさんの思うところを語ってくれるのかと思ってましたが、
・日本の美しい自然
・コンクリートで無残に固められた河川・山肌
・箱もの建造物
・なんの計画性もなく無秩序に建てられた街
たくさんのスライドを見せる内容でした。
ちょっと、ひょうし抜けしました。


以下↓ アレックスさんが、語っていたこと。思ったこと。

●日本は、建設業に従事してる人間の割合が、他の国より多いらしい。
そして、日本がこの先、世界に提供できるものは“観光”、景観ということでした。
なんとなく日本=技術というイメージがあった私は、ちょっと、びっくり。
アレックスさんのいう観光とは、従来あるようなアホな観光ではないです。
日本中、どこへ行っても、悲しくなるぐらい無秩序で同じような街並。
従来の国のシステムが生み出してきた結果だと思いますが、
このまま続けていくと、街が殺されていってしまいますよね。
景観が人を育てていくし、そこに暮らし・文化も生み出されてくると
いうことなんだろうと思います。

●日本の住居
日本の家の“演出”的な造りが好きだと言ってました。
玄関からのアプローチ、ふすまの向こうのように奥へ奥へいざなうような造り。
なるほど“演出感”はありますね。
私は、障子戸なんかを見て演出的だなぁと思います。
障子ってぼんやりと向こうのシルエットが映るでしょ。
庭の木々が映って、さわさわと揺れると、
あー風が出てきたな、と室内より風情を感じることができるんですね。
日本人らしい
遠回しに感じる心・遊び心みたいなものでしょうか。

●私たちには何ができるのでしょうか?
質問コーナーの用紙に、多く書かれてた質問のようでした。
アレックスさんは、
美しいものが無くなっていく、変わっていくことに、怒らないといけない。
それは、好きだから、愛してるからこそ、
そういう感情が生まれてくるのだと。
日本人は、自分の住む街を愛してないのではないか、と。
そして中途半端な観光地へは行くな。
自分の目で見て感じる美しいものを捜しなさいということでした。


神戸学校で講演される方たちには、
何か信念のような、確たる価値観が存在してますね。
その価値観が人の心を打つんだと思います。


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